木燃人の道行

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2012
04/11 08:00

725 帯解寺 (奈良の古寺巡り1)  

予てから奈良行きを計画していたが、ここの所天候と都合がうまく整合しなかったが、2012.04.02(月)は両者良し、通常よりも1時間早起きをして出掛けたのである。東名阪道は相変わらず通行量が多く、景気の好転を感じさせるほどである。

東名阪道、四日市周辺から亀山辺りまでの混雑は全国的にも有数らしく、一時的に車線を増やす工事の実施との新聞記事があった。原因は新名神道の一部開通で名古屋方面も含め京都、大阪へが近くなったこととされているので、新名神が湾岸道と繋がれば復元するそうだ。

名阪「天理東IC」で降り、通勤ラッシュらしき混雑の中を、国道169を北(奈良市中心部)に向け、15分足らずで最初の訪問地に到着した。我が家から2時間足らずであった。


「帯解寺」  (おびとけでら)
        華厳宗 子安山      
        奈良市今市町  
        境内無料  駐車場無料

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寺伝では、元は霊松庵といい、空海の師である勤操大徳によって開かれた巌渕千坊の一つであったという。長らく世継ぎに恵まれなかった文徳天皇后の染殿皇后(藤原明子)が当寺にて祈願をしたところ、惟仁親王(後の清和天皇)が生まれたことから、天安2年(858年)、文徳天皇の勅願により伽藍が建立され、勅命により帯解寺と名乗るようになったという。以来、安産・子授け祈願の寺として朝野を問わず篤い信仰を集めるようになった。


江戸時代には、徳川三代将軍
家光に世継ぎがなく、側室の御楽の方が当寺にて祈願したところ、竹千代丸(4代将軍・家綱)を安産した。その折種々の瑞祥があり、家光は瑞祥記を当寺に下賜し、仏像仏具等も寄進した。寛文3年(1663年)にはその家綱より手水鉢の寄進があった。 また、徳川二代将軍秀忠の正室お江与の方(お江)の安産祈願したことも有名。

20世紀以降も美智子皇后、雅子皇太子妃をはじめ、三笠宮高円宮秋篠宮などの皇族が当寺において安産祈願を行っている。




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お寺には珍しい"なまめかしい”物が・・・。

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この後、今日のもう一つの目的たる、「ガン封じ」の祈祷を受けるのであるが、それは次回に掲載したい。
                                       << 続く >>  

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