木燃人の道行

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2012
04/27 08:00

741 青蓮院(京都)

京都東山北部 寺と神社と桜めぐり (4)


好天の2012.04.08(日)、八坂神社、円山公園、知恩院を経て、何故か何度も門前を素通りしていた「青蓮院」に今日こそはと境内に入った。


「青蓮院」  (しょうれんいん)   別名:「青蓮院門跡」
        天台宗  山号なし       
        京都市東山区栗田口三条坊町69-1
        参拝料金¥500

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この寺のシンボル的存在の巨大な「楠」だ!。
この木は何度も見ているが、この寺には何故か今回初めての訪問である。

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青蓮院は、三千院(梶井門跡)、妙法院と共に、天台宗の三門跡寺院とされる。「門跡寺院」とは皇室や摂関家の子弟が入寺する寺院のことであり、青蓮院は多くの法親王(天皇の皇子や伏見宮家などの皇族の男子で出家後に親王宣下を受けた者)が門主(住職)を務め、宮門跡寺院として高い格式を誇ってきた。江戸時代に仮御所となったことがあるため「粟田御所」の称もある。日本三不動の1つ「青不動」のある寺としても知られる。

三千院、妙法院などとともに、青蓮院も比叡山上にあった房(小寺院)がその起源とされている。青蓮院は比叡山東塔の南谷にあった青蓮坊がその起源であり、門跡寺院となって山下に移ったのは平安時代末期の行玄大僧正の時である。久安6年(1150年)、鳥羽上皇の后・美福門院は青蓮院を祈願所とした。また、上皇の第7皇子覚快法親王が行玄の弟子として入寺し、以後、皇族や摂関家の子弟が門主を務める格式高い寺院となった。山下へ移転した当初は三条白川(現在地のやや北西)にあったが、河川の氾濫を避け、鎌倉時代に高台の現在地へ移った。ここにはもと十楽院という寺があり、青蓮院の南東にある花園天皇陵は「十楽院上陵」(じゅうらくいんのうえのみささぎ)と称されている



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ここらは東山区の北の端、三条通りを超えれば岡崎公園や平安神宮、右には南禅寺が控えるが今日の目標はここが最北端、これよりUターンして祇園に戻り、「建仁寺」に向った。

                                        << 続く >>


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