木燃人の道行

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2012
05/04 00:00

745 六波羅蜜寺(京都)

京都東山北部 寺と神社と桜めぐり (8)


建仁寺前から徒歩約10分、TVの視聴率は最低記録更新かとも言われる、大河ドラマ「平清盛」ながら、やはりこの時期は多くの人が参拝に訪れていた。


「六波羅蜜寺」  (ろくはらみつじ)    列名:ろくはらさん
           真言宗智山派  補陀洛山 
           京都市東山区松原通大和大路東入2丁目   
           参拝料¥600

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踊り念仏で知られる市聖(いちひじり)空也(くうや)が平安時代中期の天暦5年(951年)に造立した十一面観音を本尊とする道場に由来し、当初西光寺と称した。空也は疫病の蔓延(まんえん)する当時の京都で、この観音像を車に乗せて引きながら歩き、念仏を唱え、病人に茶をふるまって多くの人を救ったという。空也は応和3年(963年)に鴨川岸に僧600名を集めて大規模な大般若経供養会を行ったが、この時をもって西光寺の創建とする説もある。当時、鴨川の岸は遺体の捨て場であり、葬送の場であった。

空也の死後、977年に比叡山の僧・中信が中興して天台別院とし、六波羅蜜寺と改称した。それ以降天台宗に属したが、桃山時代に真言宗智積院の末寺となった。平安末にはこの付近に、六波羅殿と呼ばれた平清盛ら平家一門の屋敷が営まれた。またのちに鎌倉幕府によって六波羅探題が置かれたのもこの付近である。

名称は仏教の教義「六波羅蜜」という語に由来するが、この地を古来「六原」と称したことに由来するとも考えられている。

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六波羅蜜とは、この世に生かされたまま、仏様の境涯に到るための六つの修行をいいます。波羅蜜とは彼岸(悟りの世界)に到ることです。

布施
見返りを求めない応分の施しをさせていただく事をいいます。貪欲の気持ちを抑えて、完全な恵みを施すことです。布施行は物質だけではありません。
持戒
道徳・法律等は人が作り現在はますます複雑になっています。私たちは高度な常識を持ち、瞬時瞬時に自らを戒める事が肝要です。
忍辱
如何なる辱めを受けても、堪え忍ぶことが出来れば苦痛の多い現代社会において、自らが他の存在に生かされていることがわかり、全ての人の心を我が心とする仏様の慈悲に通じることとなります。
精進
不断の努力をいいます。我々人の生命は限りがあります。ひとときも無駄にすることなく日々誠心誠意尽くすことです。
禅定
冷静に第三者の立場で自分自身を見つめることをいいます。
智慧
我々は本来仏様の智慧を頂戴してこの世に生をうけております。しかし、貪りや怒り愚痴によってその大切な智慧を曇らせてしまいがちです。 布施・持戒・忍辱・精進・禅定の修行を実践しどちらにもかたよらない中道を歩み、此の岸から彼に岸へ・・・。

深く考えるまでもなく、到底私はこの境地に成り得ない・・・・・・。

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下の写真左は「清盛塚」とされているが、江戸時代の作とか、いまひとつ信憑性に欠けるようで、ネット上でもあまり見かけない。俄かに如何にも安っぽい屋根まで付けたが?。

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本尊の「十一面観音立像」は国宝であるが、写真は当然撮らせてもらえないので、本堂に入るのは遠慮した。

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このあと、直ぐ近くにある「六道珍皇寺」に向ったが、それは次回に掲載としたい。

                                      << 続く >>       





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