木燃人の道行

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2012
06/30 08:00

792 朝護孫子寺(奈良)-2/2

奈良西部の古寺めぐり(3)


「朝護孫子寺」の法堂や塔頭、仏さんなどは前回紹介したので、今回はその他のものに限定して紹介したい。


「朝護孫子寺」 (ちょうごそんしじ) 別名:「信貴山寺」「信貴山の毘沙門さん」 
        信貴山真言宗総本山 信貴山    
        奈良県生駒郡平群町
        拝観無料  駐車料¥500(終日)

今から1400余年前、聖徳太子は、物部守屋を討伐せんと河内稲村城へ向かう途中、この山に至りました。太子が戦勝の祈願をするや、天空遥かに毘沙門天王が出現され、必勝の秘法を授かりました。その日は奇しくも寅年、寅日、寅の刻でありました。太子はその御加護で勝利し、自ら天王の御尊像を刻み伽藍を創建、信ずべし貴ぶべき山『信貴山』と名付けました。以来、信貴山の毘沙門天王は寅に縁のある神として信仰されています。(寺のホームページ(http://www.sigisan.or.jp/about.html)より、原文のまま、以下同文)

上記のいわれにより、この寺には"寅"の飾り物が多く見られる。下は正門前の駐車場にある"白虎”だ。

白虎とは、中国の伝説上の神獣で、東西南北の守護のうち西方を守護する神獣です。細長い体の白い虎の形をしていて、また四神の中では最も高齢の存在であるとも言われています(逆に最も若いという説もあります)。遷都1300年祭で信貴山が白虎の位置づけとされました。

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「大寅」

信貴山をそのインパクトで知らしめることになった「世界一福寅」です

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ウイキペディアによれば・・・・
寺に伝わる国宝『信貴山縁起絵巻』は、平安時代後期、12世紀の成立とされ、日本の絵巻物の代表作とされている。この絵巻は通常の社寺縁起絵とは異なって、朝護孫子寺の創建の経緯等については何も述べておらず、信貴山で修行していた命蓮(みょうれん)という聖(ひじり)の奇跡譚が中心主題となっている。絵巻の中巻では延喜の帝(醍醐天皇)の病を命蓮が法力で治したという話が語られている。『信貴山縁起絵巻』の詞書とほぼ同様の説話が『宇治拾遺物語』にあり、『今昔物語』にも信貴山寺の草創に関する説話が収録されている。(聖の名は『宇治拾遺物語』には「もうれん」、『今昔物語』には「明練」とある。)

平安時代末期に成立した歴史書『扶桑略記』の延長8年(930年)8月19日条には、「河内国志貴山寺住」の「沙弥命蓮」が醍醐天皇の病気平癒のため祈祷を行ったことが見える。なお、当時醍醐天皇の病気は相当進んでいたようで、1か月後の9月29日に死去しており、この点は説話と異なっている。なお、信貴山は大和国(奈良県)と河内国(大阪府)の境に位置し、朝護孫子寺の住所は奈良県であるが、『宇治拾遺物語』『扶桑略記』には「河内の信貴(志貴)」と表現されている。

以上のことから、醍醐天皇の時代、平安時代中期の10世紀頃には信貴山に毘沙門天を祀る庵があり、修行僧が住んでいたことは首肯される。当寺の創建について、聖徳太子を開基とする伝承もあるが、これは太子が物部守屋討伐の戦勝祈願をした際に、自ら四天王の像を刻んだという伝承に因んだ後世の付託と思われる。伝承では、寅の年、寅の日、寅の刻に四天王の一である毘沙門天が聖徳太子の前に現れ、その加護によって物部氏に勝利したことから、594年(推古2年)に毘沙門天を祀る寺院を創建し、「信ずべき貴ぶべき山(信貴山)」と名付けたとする。また寺の至る所に虎の張り子が置かれているのは、その逸話に由来している。その後、902年(延喜2年)に醍醐天皇が、「朝廟安穏・守護国土・子孫長久」の祈願寺としたことから、「朝護孫子寺」の勅号を賜った。

戦国時代には木沢長政が信貴山頂に信貴山城を築いた。1577年(天正5年)に同城の城主・松永久秀と織田信長の間で信貴山攻防戦が行われて久秀は滅亡し、寺も消失するが、豊臣秀頼によって再建された。現在、山頂には同寺の「空鉢堂」があり、本堂付近から参道で連絡している



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「聖徳太子像」
日本を代表する彫刻家、北村西望作の馬に乗る聖徳太子像です。またこの近くには、日本最初多聞天出現霊地の石碑があります。 (寺のホームページより)

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商魂たくましく(?)色々なアイデア商品が売られていて、信心深い人はつい買ってしまいそう。我が撮影助手もお守りを買うはめに・・・・。

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随所に売店があり、思い付けばいつでも直ぐに買えるよう、便利(?)にしてある。

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この寺には一体幾つの賽銭箱があるだろうか?、相当なものである。ついに小銭がなくなり、私の財布まで当てにされる程に何度も何度もお祈りをしたのであった。

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以上二回にわたり寺や付属品を紹介して来たが、ここで写真にしたのはほんの一部に過ぎない、恐らくこの倍以上はあるので、ゆっくり見学すれば、一日を過ごすことが出来る所である。

                                  << 続く >>
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木燃人さん

白虎は虎というよりキリンみたいです。いろいろなアイデアが目をひきます。
鈴虫寺の和尚みたいにこの寺の和尚さんも商売熱心みたいですが本業を疎かにしてもらいたくないものです。
しかし本業だけではやっていけないのでしょう。何処の世界も厳しいです。

[ 2012/06/30 16:48 ] [ 編集 ]
木燃人さん
私は、信貴山で何を見てきたのかと、恥ずかしくなりました。「大きな虎」だけが印象に残り、お写真のようないろいろなものには、全く記憶がありません。色々な作品に残された「信貴山」に纏わるお話も、全く知りませんでした。まあ、説話の類ですから、真実には程遠いでしょうが、民衆は、有り難い話として信じていたのでしょうね。
[ 2012/06/30 19:23 ] [ 編集 ]
たきあんさん

ここに紹介したのはほんの一部に過ぎません。ただ、かなり前に紹介した奈良の「壺坂寺」も色んなものをゴタゴタ並べただけの寺がありましたが、ここはそれらに大金をかけずに、狭い土地を有効に使い、どうしたら人々が佇んで暮れるかを考え、見る人達に手を合させる、即ち賽銭を落とす気持ちにさせている所が少し違うようで、信心深く無い私でも手を合わせることがしばしばありました。
[ 2012/07/01 09:18 ] [ 編集 ]
shuttleさん

そうでしたか!。
そうすると、このように沢山の拝観物を並べたのは最近の事かも知れませんね。ここの親しみの湧くそれらを見て、人には色々な悩みや願い事があるので、その思いに出来るだけぴったり合い、思わず手を合わせてしまうようなものを考えて、しかも多種多様に作ったのではと私は思いました。こんな山奥ですが、正月などは多くの人出で賑わうのも充分推測することが出来ます。
[ 2012/07/01 09:29 ] [ 編集 ]
木燃人さん
「信貴山」は珍しいお寺ですね。静かな佇まいも、風情がありますが、カラフルな信貴山は、ゆっくり時間をかけて、お参りしたいですね。出来れば、小さい孫も連れて、半日かけてお参りしたい気持ちです。「私」事ですが、寅年ですので、愛着が湧いて来て、飽きがきません。


[ 2012/07/01 21:02 ] [ 編集 ]
sawakaさん

ここは西名阪道の「香芝IC]を降りて、国道168を北に向えば間もなくですから、「豊田IC」から入って湾岸を通っても3時間はたっぷり掛かりましょうから、ちょっと遠いですが、お孫さんを連れてゆっくり訪れるのは楽しめるかも知れませんねー。境内は余り広くはありませんし、階段も多く無いのですから比較的楽です。私も秋の紅葉シーズンには再度訪れたい所のひとつです。
[ 2012/07/02 09:42 ] [ 編集 ]
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奈良西部の古寺めぐり(3)「朝護孫子寺」の法堂や塔頭、仏さんなどは前回紹介したので、今回はその他のものに限定して紹介したい。「朝護孫子寺」 (ちょうごそんしじ) 別名:
[2012/07/01 18:52] まとめwoネタ速neo
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